大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)6565号 判決 1983年3月22日
原告
中川信男
被告
京阪神観光株式会社
ほか一名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告代理人は、「(一)被告らは、各自、原告に対し、四四四三万円及びこれに対する昭和五六年一〇月二日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。
第二当事者の主張
一 原告代理人は、請求原因として、次のとおり述べた。
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五二年九月九日午後五時一〇分ころ
(二) 場所 大阪府寝屋川市桜木町五番一五号先道路上
(三) 事故車 普通乗用自動車(登録番号大阪五七と三四三〇号。以下「被告車」という。)
右運転車 被告本山茂(以下「被告本山」という。)
(四) 被害者 原告
(五) 態様 原告は、足踏自転車を運転して右現場道路南側の歩車道の境界線に沿い、西進中、後方から被告車に衝突された。
2 責任原因
(一) 被告本山
一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告本山は、加害車を運転して現場道路を西進するにあたり、進路前方の注視を怠り、更に原告との衝突を回避すべくハンドル、ブレーキを適切に操作しなかつた過失により本件事故を惹起した。
(二) 被告京阪神観光株式会社
(1) 運行供用者責任(自賠法三条)
被告京阪神観光株式会社(以下、「被告会社」という。)は、被告車を保有していた。
(2) 使用者責任(民法七一五条)
被告会社は、その営む事業のため被告本山を雇用し、被告本山は、被告会社の業務の執行として加害車を運転中、前記(一)記載の過失により本件事故を惹起した。
3 損害
(一) 受傷、治療経過等
(1) 受傷
原告は、本件事故により、左上腕骨々折、右脛腓骨々折(開放性)、頭部外傷Ⅰ型、顔面及び上肢擦過傷、右下腿顆部骨折、三角脛腓踵腓靭帯断裂、踵骨脱臼、上下歯脱落等の傷害を受けた。
(2) 治療経過
<1> 松島病院
昭和五二年九月九日から同年一二月一九日まで一〇二日間入院
<2> 関西医科大学附属香里病院
昭和五三年一月一四日から同年二月七日まで通院。同月八日から同月一〇日まで三日間入院。同月一一日から同年一〇月一二日まで通院。同月一三日から昭和五四年四月一六日まで一八六日間入院。同月一七日から同月三〇日まで通院。同年五月一日から昭和五五年一月二二日まで通院。同月二三日から同年七月一一日まで一七一日間入院、同月一二日から昭和五六年五月三〇日まで通院。なお、通院期間中の治療実日数は合計五四二日である。
<3> 山添歯科医院
昭和五三年三月一日から同年四月六日までの間に七日通院
<4> 馬場整形外科
昭和五二年一二月二〇日から昭和五三年一〇月一二日まで通院
(3) 後遺症
原告は、昭和五六年五月三一日に症状固定の診断を受けたが、被告には、次の症状が残存している。
(主訴又は自覚症状)
左肩関節、左肘関節の伸屈不能、左肩関節周辺、左上腕部の鈍痛、左手背部の知覚鈍麻、正座をすることができず、一キロメートル以上の歩行が困難な状態にある。
(他覚症状)
左肩関節、左肘関節の可動域が拘縮のため著しく制限され、左上肢は九〇度以上持ち上げることができず、左肘関節の可動域は伸展時七〇度、屈曲時一二五度である。また、上腕、特に二頭筋に著しい筋肉の萎縮があり、左手背部に軽度の知覚鈍麻がある。更に、右足関節の背屈、底骨の運動障害、足関節の変形が認められる。なお、原告は、上下歯合計一五本を補綴した。
(二) 入院雑費 四六万円
原告は、本件事故によつて受けた傷害の治療のために前記のとおり四六二日入院したが、入院期間中一日一〇〇〇円の割合による入院雑費を要した。
(三) 逸失利益 二六〇六万円
原告は、症状固定時五九歳の男子で、寝屋川市に勤務し、五四一万七五七二円の年収を得ていたものであるが、原告は七〇歳に至るまで同市に勤務することができたはずであるところ、前記後遺障害のため、本件事故後就労可能な一一年間にわたり、その労働能力を五六パーセント喪失したものであるから、症状固定時の原告の年収を基礎として、その逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり二六〇六万円(一万円未満切捨て。)となる。
(算定)
五四一万七五七二×〇・五六×八・五九=二六〇六万〇六八八
(四) 慰藉料
(1) 入通院分 九五五万円
(2) 後遺症分 八三六万円
4 よつて、原告は、被告ら各自に対し、四四四三万円及び本件事故の日の後である昭和五六年一〇月二日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告ら代理人は、請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
1 請求原因1の(一)ないし(四)記載の事実は認める。
2 同1の(五)記載の事実のうち、足踏自転車を運転していた原告が、本件道路上で被告車に衝突されたことは認めるが、その余は争う。
3 同2の(一)記載の点は争う。
すなわち、被告本山は、被告車を運転して時速四〇キロメートルの速度で西進中、進路前方一七・九メートルの道路左寄りを進行する原告運転の足踏自転車を認め、その右側方を通過しようとしたところ、原告が、被告車と原告運転の自転車との間隔が一二・六メートルに縮まつたときに急に右に転把して来たため、直ちに急制動の措置を措つたが及ばず、被告車を原告運転の自転車に衝突させたものであるが、乾燥したアスフアルト舗装道路上を時速四〇キロメートルの速度で進行する自動車が急制動の措置によつて停止するための停止距離は一六・七三メートルであるから、被告本山が、原告の転把行為を発見した後、直ちに急制動の措置を講じたとしても本件事故を避けることができなかつたものである。したがつて、被告本山には、本件事故発生に関し、過失はない。
4 同2の(二)記載の点は認める。
5 同2の(三)記載の事実のうち、被告会社が被告本山を雇用し、本件事故は、被告本山が被告会社の業務の執行として加害車を運転中の事故であることは認めるが、その余は争う。
6 同3記載の各事実は知らない。
三 被告ら代理人は、抗弁として、次のとおり述べた。
1 免責(被告会社)
本件事故は、原告の一方的過失によつて発生したもので、被告本山及び被告会社には何らの過失もなかつたから、被告会社には損害賠償責任はない。本件事故発生状況及び事故発生に関して被告本山に過失のないことは請求原因に対する答弁3記載のとおりであり、本件事故は、自転車を運転して現場付近道路左寄りを西進中、急に右に転把し、被告車の進路前方に進行してきた原告の一方的過失によつて発生したものである。
2 過失相殺(被告両名)
仮に、被告本山に何らかの過失があつたか、あるいは被告会社の免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については、原告にも前記のような重大な過失があり、これに比して被告本山の過失は軽微であるから、原告の損害額の算定に当つては大幅な過失相殺がなされるべきである。
3 損害の填補(被告両名)
(一) 原告は、本件事故に関し、自賠責保険から五〇四万円を受け取つた。
(二) 原告は、本件事故に関し、地方公務員災害補償基金から、障害補償一時金として六二三万九七一五円、療養補償として九七七万七〇八六円のほか、地方公務員災害補償法四七条に基づく給付金として一八九万七九四三円の支払を受けた。右は、いずれも、本件事故を原因として原告が得た利益であるから損益相殺がなされるべきである。
四 原告代理人は、右抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。
1 抗弁1、同2記載の各点は争う。
2 抗弁3の(一)記載の事実は認める。
3 抗弁3の(二)記載の事実のうち、原告が、本件事故に関し、地方公務員災害補償基金から、療養補償以外に八一三万七六五八円の支払を受けたことは認めるが、その余は争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
1 請求原因1の(一)ないし(四)記載の事実及び(五)記載の事実のうち、足踏自転車を運転していた原告が、現場道路上で被告車に衝突された事実は当事者間に争いがない。
2 右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、同第八、第九号証、原告本人尋問の結果(第二回)により成立の認められる甲第一〇号証の一ないし七、原告主張のとおりの写真であることに争いのない検甲第一号証の一ないし八、証人山本一弘の証言、原告(第一、第二回)、被告本山茂の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる(ただし、原告(第一、二回)、被告本山茂の各本人尋問の結果及び甲第一〇号証の七の記載中、後記信用しない部分を除く。)。
(一) 本件事故現場は、寝屋川市内をほぼ東西に通じる歩車道の区別のあるアスフアルト舗装道路(道路名称「池田―秦線」。以下、「本件道路」という。)上であること、現場付近の本件道路は、別紙図面のとおりであり、車道は、中央のセンターラインによつて幅員各約四・五メートルの南側西行車線と北側東行車線とに分けられていること、事故現場の約三〇メートル東方には、本件道路と幅員約五メートルの南北に通じる道路とが交わる信号機によつて交通整理の行われている交差点(通称「桜木橋西詰交差点」)があり、更に東方に、寝屋川上に架橋された桜木橋一号を経て、約三〇メートル先に、同様に本件道路と南北に通じる道路とが交わる信号機によつて交通整理の行われている交差点(通称「桜木橋東詰交差点」)があること、桜木橋西詰交差点から事故現場に至る本件道路はほぼ平坦であるが、僅かに下り勾配になつており、西行車両からの進路前方の見通しは良いこと、現場付近の本件道路の最高速度は時速四〇キロメートルに規制されていること、事故当時、現場付近の本件道路の交通量は多く、また、路面は乾燥していたこと。
(二) 被告本山は、本件道路を西進して桜木橋一号付近に至り、桜木橋東詰、桜木橋西詰の各交差点を、青信号の表示に従つて通過直進したこと、そして、先行するトラツクに注意を奪われていたため、別紙図面<1>の位置で初めて原告の運転する足踏自転車を認めたこと、このとき、被告車の左側部と車道南側の歩車道境界線との間隔は約二メートルであつたが、被告本山は、右自転車が直進していたので、そのままの速度で直進したこと、被告本山は、同図面<2>の位置に至つたとき、原告が右に転把し、西行車線の中ほどに出て来たのを認めたので衝突の危険を感じ、ハンドルを右に切りながら急ブレーキを踏んだこと、しかしながら、同図面<3>の位置(<2>の位置との距離は一三・二五メートル)で被告車の左前フエンダー部分が原告運転の足踏自転車の前部と衝突し、被告車は同図面<4>の位置に停止したこと、なお、事故後の本件道路には、同図面のとおり、被告車の車輪によつて印象されたスリツプ痕が残つていたが、スリツプ痕の長さ(制動距離)は左右とも九・三メートルであり、原告が危険を感知した地点からスリツプ痕の開始地点までの距離(空走距離)は、五・七メートルであつたこと、そして、右スリツプ痕の長さから、同図面<2>の位置における被告車の速度は時速四〇キロメートルに近かつたと推認されること、また、事故後、被告車の左前部フエンダー部分には、地上からの高さ約〇・六六メートル、被告車の前端からの距離が約〇・五八ないし〇・六七メートルの位置に、原告運転の足踏自転車との衝突の際に生じたものと推認される、ほぼ水平な線状痕が残つていたこと。
(三) 原告は、足踏自転車を運転して本件道路西行車線左端部分を進行して事故現場付近に至つたが、東行車線上の自動車が、桜木橋西詰交差点の手前で信号待ちのため続いて停車しているのを認め、停車中の自動車の間を通つて本件道路を南から北へ横断しようと考え、右に転把し、別紙図面<ウ>の位置に至つたとき、前記(2)のとおり、原告運転の足踏自転車の前部が、後方から西行車線を進行してきた被告車の左側部に衝突したこと、衝突後、原告は、被告車のボンネツトの上に跳ね上げられ、被告車のフロントガラスに衝突した後、路上に転落したこと。
(四) 本件事故現場の西方約一〇メートルの位置の本件道路東行車線上で、信号待ちのため停車していた自動車の車内にいた山本一弘は、西行車線の左端を進行していた原告が、右へ転把して被告車の前へ出るような形になつた後、原告運転の足踏自転車と被告車とが衝突する状況を目撃したこと。
以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果(第一、二回中、右認定と異なる部分、甲第一〇号証の七の記載中、同号証の二及び六の各写真の撮影位置を指示する部分は、いずれも甲第八号証、同第一〇号証の二ないし六の内容に照らし、信用することができず、また、被告本山茂本人尋問の結果中、別紙図面<2>の位置で初めて原告を発見した旨述べる部分、同図面<1>の位置における被告車の速度は時速三〇キロメートルくらいであつた旨述べる部分は、いずれも甲第八号証の記載内容に照らし、信用することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
二 責任原因
1 一般不法行為責任(民法七〇九条)
原告は、被告本山は、進路前方の注視を怠り、更に原告との衝突を回避すべくハンドル、ブレーキを適切に操作しなかつた過失により本件事故を惹起したものである旨主張するのに対し、被告らは、本件事故は、自転車を運転して被告車前方の道路左寄りを進行していた原告が急に右に転把したことによつて起こつたもので、被告本山が、原告の転把行為を発見した後、直ちに急制動の措置を講じたとしても本件事故を避けることができなかつたものであるから、被告本山には、本件事故発生に関し、過失はなかつた旨主張するので、以下、この点について判断する。
前記一で認定した事実によると、被告本山は、原告が右に転把して西行車線の中ほどへ出て来たのを認めた後、直ちに急制動の措置を措つたが、原告の右転把を認めた地点の西方約一三・二五メートルの地点で、被告車と原告の運転する足踏自転車とが衝突したことが認められるところ、時速四〇キロメートルで乾燥したアスフアルト舗装道路を走行する自動車が急制動の措置によつて停止するための制動距離は一〇メートル前後、空走距離は通常五ないし一一メートルを要すると計算されていることは公知の事実であり、また、事故当時、被告車の進路右側の対向車線上には信号待ちの自動車が続いている状況であつたから、被告本山としては、原告の右転把を認めた地点ではもはや急制動ないし転把によつて事故を回避することができない状況にあつたものと認められる。
しかしながら、前記一で認定した事実によると、被告本山には、本件道路西行車線上で対向車線にはみ出すことができない状況下で原告の運転する自転車の右側方を追い越そうとしてこれに接近しようとしたのであるから、自転車はそもそも車体が安定しているとはいえず、しかも、わずかな接触が重大な結果を招く危険も小さくないことを考慮し、予め自転車の動静に十分注意を払い、適宜減速するほか、場合によつては警音器を吹鳴するなどできる限り安全な速度と方法で進行すべきであつたところ、これを怠り、先行するトラツクに注意を奪われ、原告運転の自転車の動静に対する十分な注意を欠いたまま、時速約四〇キロメートルの速度で進行し、原告の右転把の発見とこれに対する対応措置とが遅れ、本件事故に至つたものと認められるから、結局、被告本山には本件事故の発生に関し、過失があつたものとはいわざるを得ない。
2 運行供用者責任(自賠法三条)
(一) 被告会社が被告車を保有していたことは当事者間に争いがない。したがつて、被告会社は、自賠法三条本文により、同条但書所定の免責の主張が認められない限り、本件事故による損害を賠償する責任がある。
(二) そこで、被告会社の免責の主張について判断するに、被告車を運転していた被告本山には、前記1で述べたとおり本件事故の発生に関し、過失があると認められるので、その余の点について判断するまでもなく、被告会社の免責の主張は理由がない。
三 損害
1 受傷、治療経過等
成立に争いのない甲第二号証の一ないし四、同第三、第四号証の各一ないし三、同第五、第六号証、同第一一、第一二号証、乙第二号証の一ないし七及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 受傷
原告は、本件事故により、左上腕骨々折、右脛腓骨々折(開放性)、頭部外傷Ⅰ型、顔面及び右上肢擦過傷、右下腿顆部骨折、三角、距腓、踵腓靱帯断裂、踵骨脱臼、上下歯脱落等の傷害を受けたこと。
(二) 治療経過
(1) 松島病院
原告は、事故当日(昭和五二年九月九日)松島病院に入院し、約一週間後に骨接合術と神経剥離術を受け、同年一二月一九日に同病院を退院したこと(入院日数は一〇二日)。
(2) 関西医科大学附属香里病院
原告は、昭和五三年一月一四日から関西医科大学附属香里病院に通院し始め、同年二月八日から同月一〇日まで三日間同病院に入院したこと、その後、通院期間を挾んで同年一〇月一三日に再び同病院に入院し、左橈骨神経麻痺に対する理学療法、同月一六日には左上腕骨仮関節に対する骨移植術、昭和五四年二月二六日にギブスを外した後は、左上腕骨部に装具を装着した状態での左肩関節、左肘関節、左手関節の屈曲拘縮に対する理学療法等を受けたこと、原告は、昭和五四年四月一六日に退院し、その後、同病院に通院していたが、左上腕骨仮関節部の骨の萎縮、硬化が著しく、化骨の形成状況が悪かつたため、昭和五五年一月二三日に三たび同病院に入院し、同年二月八日に再び左上腕骨仮関節部の骨移植術を受けたこと、原告は、同年七月一一日に退院したが、退院後も同病院への通院を継続し、左上腕骨の骨の癒合の完成を促進するための局所のマツサージ、温熱療法、左肩関節、左肘関節の屈曲拘縮を除去するための理学療法を受けたこと。
なお、同病院整形外科の松島理郎医師は、原告の症状は昭和五六年五月二九日に固定した旨の診断を下していること、原告の同病院での入院日数は合計三六〇日であり、症状固定時までの通院期間中の治療実日数は五二三日を超えること。
(3) 山添歯科医院
原告は、昭和五四年三月一日から、同年四月六日までの間に、山添歯科医院八七日通院し、上下歯の欠損に対する治療を受けたこと。
(4) 馬場整形外科
原告は、昭和五二年一二月一三日から昭和五三年一〇月一二日までの間馬場整形外科に通院し、理学療法を受けたこと。
(三) 後遺症
原告には、本件事故の際に受けた傷害の後遺症として、(1)左肩関節の機能障害(拘縮が強いため、可動域は他動の場合でも前方挙上八五度、側方挙上五五度に制限されている。)、(2)左肘関節の機能障害(著しい屈曲拘縮があり、可動域は他動の場合でも、伸展位七〇度、屈曲位一二五度に制限されている。)、(3)左手関節の機能障害(可動域は他動の場合でも、背屈三五度、掌屈四五度に制限されている。)、(4)右足関節の機能障害、(5)左手背橈側の軽度の知覚鈍麻等の症状が残つたほか、原告は、事故後、(6)上下歯合計一五本の欠損歯の補綴を行つたこと(なお、原告が補綴した歯の中には、事故当時既に欠損していた歯三本、齲蝕症第四度と診断される歯一本が含まれている。)、自賠責保険の関係では、右(1)が後遺障害等級表一二級六号に、右(2)、同(3)が、それぞれ同表一〇級一〇号に該当し、以上を併合して九級相当とされたほか、右(4)が同表一二級七号に該当するとされ、これら(1)ないし(4)を総合して併合八級と認定されていること。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 入院雑費 三二万三四〇〇円
原告が本件事故によつて受けた傷害の治療のために合計四六二日入院したことは、前記認定のとおりであり、経験則によると、原告は、右入院期間中入院雑費として一日七〇〇円を要したことが認められるから、原告は、右の損害を被つたことが認められる。
3 逸失利益
(一) 成立に争いのない甲第七号証、同第一三号証の一ないし一四、原告本人尋問の結果(第一回)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる(ただし、原告本人尋問の結果((第一回))中、後記信用しない部分を除く。)。
原告は大正一〇年一〇月一〇日生で、本件事故当時寝屋川市役所土木課に勤務していたこと、そして、本件事故後も事故前と同額の給与の支給を受け、事故後、毎年の昇給に浴し、昭和五二年度には四九七万三五六六円、昭和五五年度には五九一万七三七二円の給与を受け取つていたこと、原告は、満六〇歳に達したこと等の事情から、昭和五七年三月三一日付で寝屋川市役所を退職し、以後、農業に従事していること。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、原告本人尋問の結果(第一回)中の、原告が専ら本件事故による後遺障害が原因で寝屋川市役所を退職した旨述べる部分は、前掲各証拠に照らし、にわかに信用することができない。
(二) 寝屋川市役所在職中の逸失利益 認められない。
右(一)で認定した事実によると、原告は、寝屋川市役所に在職していた間は、地方公務員としての身分を保障されていたうえ、右腕には傷害を負わなかつたこともあつて、本件事故後、給与面で格別不利益な取扱を受けたことはなかつたものと認められるので、同市役所に在職していた期間に関しては、原告が得べかりし利益を失つたとは認められない。
(三) 寝屋川市役所退職後の逸失利益 六二七万四〇三五円
原告には、前記三の1の(三)で認定した後遺症が残存しているところ、右後遺障害の内容、程度、原告の年齢等を参酌すると、原告は、右後遺障害のため、寝屋川市役所を昭和五七年三月三一日(当時、原告は六〇歳である。)に退職した後、就労可能な六七歳までの七年間にわたり、その得べかりし収入の少なくとも四五パーセント程度を喪失するものと認めるのが相当である。
そして、右の七年間の逸失利益の算定の基礎とすべき年収額については、一般に、満六〇歳に達した後に退職した地方公務員が他に再就職するなどして働いて得る所得額は、従前のそれに比べて低下するのが通常であるから、これを控え目にみて、前記認定の昭和五五年度の給与所得額(五九一万七三七二円)の八割程度とするのが相当である。
以上の前提で、原告の寝屋川市役所退職後の逸失利益を、ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり一二五一万三七五〇円となる。
(算式)
五九一万七三七二×〇・八×〇・四五×五・八七四三=一二五一万三七五〇
ところで、成立に争いのない乙第四号証によると、地方公務員災害補償基金から、原告に対し、障害補償一時金として六二三万九七一五円が支払われたことが認められるから、後遺障害による右逸失利益から、右一時金を差し引くと、六二七万四〇三五円となる。
4 慰藉料 七〇〇万円
本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、残存した後遺障害の内容、程度、原告の年齢その他一切の事情を考え併せると、原告の慰藉料額は右金額とするのが相当である。
四 過失相殺
前記一において認定した事実によると、原告は、足踏自転車を運転して本件道路西行車線左端部分を進行中、本件道路を南から北へ横断しようと考え、後方から西行車線を進行して来る車両の有無を確認することなく、右に転把して車道中央に出た過失により、折から本件道路を西進して来た被告車に衝突されたものと認められるから、本件事故発生については、被害者である原告にも、重大な過失があつたものといわなければならない。そして、原告の過失のほか、前記認定の被告本山の過失の内容、程度、本件事故の態様等諸般の事情を勘案すると、過失相殺として、原告の損害の七割を減ずるのが相当であると認められる。
そして、過失相殺の対象となる損害額は、前記三で認定した一三五九万七四三五円であるから、これから七割を減じて原告の損害額を算出すると、四〇七万九二三〇円となる。
五 損害の填補
原告が、本件事故に関し、自賠責保険から、五〇四万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。
そして、本件事故による原告の損害額は前記四で認定したとおり四〇七万九二三〇円であるから、既に本件事故による原告の損害はすべて填補されていることになる。
(なお、被告らは、右のほか、地方公務員災害補償基金から、原告に対し、療養補償九七七万七〇八六円及び地方公務員災害補償法四七条に基づく給付金一八九万七九四三円が支給されているので、これらを損益相殺として扱うべきである旨主張するけれども、療養補償については、原告の本訴請求分に含まれず、しかも、地方公務員災害補償法五九条によると、基金からの補償の限度で原告の被告らに対する損害賠償請求権が同基金に移転していると解すべきであり((なお、こう解したところで被告らは基金からの求償に対し、過失相殺の主張をなし得るのであるから、被告らに何ら不利益はない。))、また、同法四七条所定の給付は、同法一条の趣旨を具体化し、職員の福祉の向上に資すべく給付されるもので、その支給目的に徴し、損害を填補する性質を有するものとはいいがたいから、いずれも原告の前認定の損害額から控降することはできない。)
六 結論
以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 弓削孟 佐々木茂美 孝橋宏)
別紙図面
<省略>